ゆうちょ銀行の窓口には「貯金」と書いてあり、都市銀行には「預金」と書いてある。どちらも同じ「口座に置いてあるお金」のつもりで、区別せずに使っていました。
書類の記入欄でどちらを選ぶか迷って、初めて気になりました。この二つは、何が違うんだろう。
調べたら、言葉の違いの話では終わりませんでした。
揺れではなく、根拠にしている法律が違う
てっきり言い回しの揺れだと思っていたのですが、そうではありませんでした。
銀行や信用金庫、信用組合に預けるお金は「預金」と呼びます。ゆうちょ銀行やJAバンクに預けるお金は「貯金」です。そしてこれは慣習ではなく、銀行法では「預金」、農業協同組合法では「貯金」という言葉がそれぞれ使われている、という違いに対応しています。
ゆうちょ銀行が「貯金」なのは、国の郵便貯金がルーツだからです。今は法律上、ゆうちょ銀行の貯金も預金として扱われることになっていますが、呼び名のほうは残りました。
分かれた理由は、想定していた相手が違ったから
では、なぜ最初から違う言葉になったのか。
沿革としてよく説明されるのは、想定していた利用者が違ったということです。銀行に置かれるお金は、商人が商売のために一時的に預けておくもの。郵便局に置かれるお金は、庶民が少しずつ財産を作っていくもの。前者は「預ける」で、後者は「貯める」です。
なるほどと思いました。同じ行為を指しているように見えて、動詞が違うのです。預けるは、いずれ引き出して使う前提が入っています。貯めるは、積み上がっていくこと自体に重心があります。
気づいたら、「貯める」側の言葉ばかりだった
ここから、思っていなかった方向に転がりました。
日本語で家計の話をするとき、貯める側の言葉はいくらでも出てきます。貯金、貯蓄、積立、へそくり、財形、天引き。細かいニュアンスの違いまで含めて、語彙がよく揃っています。
一方で、「今、使ってよい額」を一語で指す言葉が見当たりません。
近いものを探すと、どれも少しずつずれています。お小遣いは、誰かに決めてもらった枠のことです。余剰資金は投資の文脈の言葉で、生活のほうを向いていません。可処分所得は、収入から税や社会保険料を引いた後の金額であって、この先に控えている支出を織り込んだ数字ではありません。
つまり、「将来の予定を全部踏まえたうえで、今月これだけは使ってよい」という金額を指す普通の言葉が、そもそも用意されていないということでした。
言葉がないものは、質問の形にもなりにくい
これは、ただの語彙の話ではないと思っています。
言葉があるものは、数えられます。「今月の貯金額は?」は誰にでも通じる質問で、答えも一つの数字で返せます。だから貯金は管理の対象になりやすい。
「今月いくら使っていいか」は、そうなっていません。質問としては成立しているのに、答えが指すものに名前がないので、返ってくるのはたいてい別のものです。残高だったり、収支だったり、家計簿の集計だったり。どれも近いところにありますが、聞かれたことそのものには答えていません。
貯金が増えているのに大きな支出の前で手が止まるのは、金額が足りないからではなく、答えていない質問が残っているからだと以前書きました。今回、言葉を調べていて、その空欄がなぜ空欄のままなのかが少し分かった気がしました。名前がついていないものは、聞かれても答えを探しにいけないのです。
だから、名前をつけるところから始めた
このサイトで「自由に使えるお金」という言い方をしているのは、そのためです。
生活防衛資金を割らず、この先1年の予定支出も踏まえたうえで、今使っても大丈夫な金額。説明すると長いので、短い名前をつけました。名前をつけると、計算の対象になります。計算の対象になると、増えたか減ったかを見られるようになります。
「貯金」という言葉が庶民の財産形成のために用意されたのだとすれば、使ってよい額を指す言葉は、まだ誰も用意していないのかもしれません。少なくとも、探した限りでは見つかりませんでした。
言葉が一つ足りないだけで、これだけ長く困れるのだな、というのが、書類の記入欄から始まった疑問の行き着いた先でした。