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エッセイ

パートナーの貯金額を知らないまま、何年も経っている

お金の話を切り出せないのは、金額を知られたくないからとは限りません。聞いたあとにどうすればいいかが決まっていないから、という側面があります。

一緒に住んで数年経つのに、相手がいくら貯めているかを知らない。生活費の分担は決まっていて、日々の支払いで揉めることもない。それでも、貯蓄額の話だけは一度も出たことがない。

珍しいことではないと思います。そして、切り出せない理由は「隠したいから」であることのほうが、たぶん少ないです。

聞けないのは、聞いたあとが決まっていないから

「いくら貯まってる?」と聞くこと自体は、一文で済みます。難しいのは、その先です。

相手が答えたとして、その数字を聞いた自分は何と返すのか。多いほうが「しっかりしている」ということになるのか。少ないほうは何かを言われる立場になるのか。返ってきた数字にどう反応するのが正解なのかが分からないから、質問のほうを止めている。

だから、この会話は始まる前から少し身構えたものになります。切り出す側も、答える側も、これが評価の場になりうると分かっている。お金の話が気まずいのは、金額が個人的だからというより、金額が人の評価に直結しやすい形をしているからです。

残高を共有しても、判断は進まない

そのうえで、仮にお互いの残高を開示できたとして、何が分かるのかを考えてみると、意外に少ないことに気づきます。

「私は180万円、あなたは90万円」と分かったとします。この2つの数字から、次に何を決められるでしょうか。合計270万円あることは分かる。ただ、それで引っ越しができるのか、車を買えるのか、どちらかが仕事を辞められるのかは、まだ何も分かりません。

残高は、これまでどうだったかの報告です。二人分に増えても、性質は変わりません。そして、これまでどうだったかは、比べようと思えばいくらでも比べられてしまう。判断の材料にならないわりに、評価の材料にはなりやすい。この会話が気まずくなりやすい理由の一部は、ここにあると思います。

共有すると意味があるのは、下限と予定

代わりに共有すると具体的に効くものが、二つあります。

ひとつは、下限です。 「収入が止まったとき、何ヶ月しのげるようにしておきたいか」という数字。これは残高と違って、多い少ないの優劣ではありません。単に、その人がどれくらいの不確実さまでなら平気でいられるか、という性質の話です。

ここがずれていると、日常の細かい場面で摩擦が起きます。片方が「これくらい使っても平気」と思う場面で、もう片方が落ち着かない。金額の感覚が違うのではなく、下限の置き方が違うだけ、ということが実際にはよくあります。この数字を口に出すと、相手がケチなのでも浪費家なのでもなく、線の位置が違うだけだと分かる。 それだけで会話の温度が下がります。

もうひとつは、予定です。 半年後に何にいくら出ていくのか。更新料、帰省、車検、誰かの結婚式。これは事実の共有であって、誰かの過去の行いに対する評価ではありません。

評価にならない形で話す

この二つを先に共有すると、残高の話はそれほど重要でなくなります。

下限がいくらで、これから何にいくら出ていくかが分かっていれば、「いま何にいくらまで使えるか」は計算で出ます。そこに至るまでに、どちらがいくら貯めてきたかを比べる工程は必要ありません。

つまり、順番の問題です。残高から始めると評価の話になりやすく、下限と予定から始めると設計の話になる。同じお金の会話でも、入り口を変えるだけで、まったく別の場になります。

何年も切り出せなかった話題を、いきなり全部開示することから始めなくてもいいのだと思います。「収入が止まったら何ヶ月分あると安心する?」という質問なら、相手の過去を問うていないぶん、ずっと軽く出せます。

自分の場合はどうなる?

家計の状況を入力すると、今月自由に使えるお金が分かります。

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