去年の同じ月より、残高は確かに増えている。それを確認して、少しだけ安心する。それなのに、旅行の見積もりや引っ越しの初期費用を前にすると、指が止まる。「本当にこれでいいんだっけ」という感覚が、いつまでも背中に残っている。
この二つは、矛盾していません。
「増えたか」と「足りるか」は、別の質問
通帳の残高が答えているのは、「これまでどうだったか」です。収入があって、支出があって、その差し引きの結果としてこの数字になった。過去についての、完了した報告です。
一方、大きな支出の前で迷っているときに知りたいのは、「これから先どうなるか」です。この支出をして、そのあとも生活は回るのか。来年の更新月や、数年後に控えている出費と重ならないか。収入が変わる可能性を織り込んでも、まだ余裕はあるのか。
この二つは、別の質問です。だから、前者にどれだけ良い答えが出ても、後者は空欄のまま残ります。残高が増えても不安が消えないのは、気の持ちようが足りないからではなく、まだ答えていない質問が別にあるからです。
金額を大きくしても、この構造は変わらない
「収入が一定額を超えると、それ以上増えても幸福度はあまり上がらなくなる」という話を聞いたことがある人は多いと思います。転職や昇給で収入が増えたのに、思ったほど気持ちが軽くならなかった、という経験も含めて。
理由としてよく挙げられるのは、収入が増えるのと同時に生活水準や将来への期待も上がり、増えた分が新しい支出に吸収されてしまう、というものです。それも確かにあります。ただ、それだけではありません。
収入の額もまた、過去と現在についての情報だからです。月々いくら入ってくるかが分かっても、それだけでは「この先どうなるか」には答えられません。空欄は空欄のまま残ります。だから、金額を大きくしても不安の構造は変わらないのです。
同じ100万円が、違って見える
たとえば、手元に100万円あるとします。
「この生活費なら、収入が止まっても何ヶ月かはしのげる」と分かっている状態と、「これでどれくらい持つのか見当がつかない」状態。金額はまったく同じですが、感じ方はまるで違います。
不安の量は、残高の少なさよりも、空欄の多さに比例している。そう考えると、いくら貯めても落ち着かなかった理由も、逆に大して貯めていないのに落ち着いている人がいる理由も、両方説明がつきます。
「もっと貯めれば」「もっと稼げば」の前に
だから、「もっと貯めれば安心できるはず」「もっと稼げばこの感じは消えるはず」という前提は、一度疑ってみる価値があります。金額を増やす努力そのものは間違っていません。ただ、それは空欄を埋める作業ではないので、増やしても不安がそのまま残ることがあります。
不安が薄れるのは、たいてい金額が増えた瞬間ではありません。空欄になっていた質問に、自分の数字で答えが出た瞬間です。