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エッセイ

「将来のため」という言葉が思考停止になっていないか

「将来のために」で終わる判断は、実はあまり何も判断していないのかもしれません。

「将来のために貯めておく」「将来のために我慢する」。この言い回しは便利で、たいていの場面で反論されにくい正しさを持っています。ただ、便利すぎるがゆえに、思考停止のスイッチとしても機能してしまうことがあります。

「将来のため」は、具体的な中身を持っていない

「将来のために」という言葉には、それがいつのことで、いくら必要で、他の予定とどう両立するのか、という具体的な中身が含まれていません。だからこそ、あらゆる我慢・あらゆる先延ばしの理由として使いやすいのです。

旅行を諦めるときも、欲しいものを我慢するときも、「将来のために」と言えば、一応もっともらしい理由になります。ただ、その将来が具体的にどういう状態を指しているのかを聞かれると、案外答えに詰まることも多いのではないでしょうか。

具体的にすると、我慢の必要・不要が見えてくる

「将来のため」を、「◯年後にいくら必要で、そのために毎月いくら積み立てる必要があって、今の生活費と両立できるかどうか」というところまで具体的にすると、初めて「今、本当に我慢が必要かどうか」が判断できるようになります。

具体的にしてみた結果、思っていたより余裕があって、我慢する必要がなかったと分かることもありますし、逆に思っていた以上に厳しく、優先順位を見直す必要があると分かることもあります。どちらに転んでも、「将来のため」という曖昧な言葉のまま判断するよりは、ずっと納得できる結論になります。

曖昧な安心よりも、具体的な数字を

「将来のため」に貯めること自体は、間違っていません。ただ、その言葉を理由に思考を止めてしまう前に、一度中身を具体的にしてみることをおすすめします。今の生活と将来の予定を両方数字で見えるようにしておけば、我慢するかどうかも、もっと自分で選べるようになります。

自分の場合はどうなる?

家計の状況を入力すると、今月自由に使えるお金が分かります。

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